その8
「気象変化」魔法の仕組み

 ここでは、作品中に幾つか登場する「気象変化」に関係する魔法の仕組みと、その方法論について考察してみようと思います。


霧を発生させる魔法
 グラウコス麾下のマウア従軍魔道士たちが、城塞都市ハルマ攻略に際して用いた魔法。
(第一巻)

 これは、どのような仕組みであったのだろうか。

 まずはじめに理解しておかねばならないのは、自然状態における霧の発生メカニズムである。
 大気中には、一定量の水蒸気が含まれている。
 その水蒸気の量が、その気温・気圧における飽和水蒸気圧に達した状態(湿度100%の状態のこと)で、水分が凝結しはじめ、細かな水滴となってゆく。これが霧や雲なのである。
 この飽和水蒸気圧は気温により変動するので、気温が低くなるとその値が下がり、大気中に含まれうる水蒸気の絶対量(飽和水蒸気量)も低下する。
 すなわち、気温の低下により低下した飽和水蒸気量の分の水蒸気を大気中に残し、残りの水蒸気はすべて凝結してしまうのである。
 よりわかりやすく説明すると、次のようになる。

 「暖かく湿った空気が急冷されると、余分な水蒸気が凝結して霧が発生する。」

 この魔法は、このような自然のメカニズムを助長するだけの力しか無いので、カラカラの砂漠上にいきなり霧を発生させるような真似はできない。
 川や池、沼など、自然に水分が蒸発して、大気中に水蒸気が供給されるような場所でのみ使用可能な魔法である。(ハルマは周囲を川や海に囲まれており、まさにうってつけの地理的条件だった)

 さて、この魔法の実践法であるが……
 もともとの霧発生の条件が、ある程度整っていれば、実に単純である。

 「大気の温度を若干下げてやる」

 ただこれだけで、霧はすんなりと発生する。
 もっとも、かなりの量の大気の温度を低下させるのであるから、あまり簡単とは言えないかも知れない。
 また、発生した霧が一定時間以上、持続的にその場に留まるようにさせるためには、風を吹かせぬようにしたり、日が照りつけぬようにするなり、更なる工夫が必要となる。
 従って、一日中霧を立ちこめさせるほどに見事にこの術をかけるためには、そうとうの魔道力が要求されることになるであろう。

 なお、別に「魔法」を用いずとも、たき火をして煙を発生させてやれば、その煙の粒子を核として水蒸気が凝結しやすくなるので、ある程度の霧を発生させることができる(たき火程度の熱では、周囲一体の温度を上げるほどの熱量にはならない)。
 レベルの低い魔道士たちの場合には、このような小細工も同時に用いる必要があることだろう。

 グラウコス麾下の従軍魔道士たちのレベルは、本場カルデリアの魔道士たちよりはかなり低レベルであったであろうから、おそらくは

 「そもそも霧が発生しやすい時を選び、普段より長持ちするように術をかけていた」

 という程度の施術であったと思われる。
 逆に言えば、その程度であったからこそ、敵方に怪しまれずにすんだのであった。


降雨魔法
 カーリーの攻撃で壊滅したオワタ周辺の山火事を消すべく、シャロンが用いた魔法。
 ほとんど「集中豪雨」ともいうべき、盛大な雨降らし魔法であった。
(第一巻: 「ぶんりき文庫」版には、このシーンはない)

 術の直後、シャロンがえらく疲労困憊しているようすからしても、相当なエネルギーを必要とする魔法であることがわかる。竜王の巫女でもあり、妻でもある彼女にして初めて成し得る術であったのだろう。
 シャロンは、その昔、竜王の子を身ごもった際に、常人をはるかに超える体力と魔力とを与えられている「ただならぬ身」なのであるが、その彼女にして、「すっぴん」ではとても力が足りぬと判断し、とっさに全身に魔法化粧をぬたくり、「水」系統の魔力を高める処置を施さねばならなかった。いかに一大事であったかがうかがえるというものだ。

 もっとも、実のところを言うなれば、純粋に科学的な要素の手助けもあったのである。
 当時のオワタ周辺の山林は、激しい山火事の最中であり、当然の結果として、もうもうたる煙と、強い上昇気流が発生していたものと思われるからだ。そのような状況下では、おそらくシャロンが何もしなくても、しばらくすれば上空に雷雲が発生し(カーリーの熱攻撃のため、一時的には雲までも蒸発していたらしいが)、現地トリテアの亜熱帯性気候にも助けられて、かなりの雨は降ることになったと思われる。
 シャロンは、その時期を大急ぎで早めてやっただけであったのかも知れない。(熱で散らされた水分をかき集め、飽和水蒸気量を越えるレベルにしてやることで、雷雲の発生を助長させるのだ)
 何にせよ、天候を左右させるほどの量を操作するのは、生身の人間にはきつかったはずである。
 シャロンの施した魔法化粧は、もちろん自分自身の体内エネルギーを利用するためのものなどではなく、自分の体内の魔法エネルギーをいわば「触媒」の状態として、自然界の魔法エネルギーを利用するための術であったと思われる。

 いずれにせよ、決して「水遊び」呼ばわりされる程度のものでなかったことだけは確かであろう。


雪責め魔法(?)
「白髯のアルマダ」と、その弟子たち「白の魔道士」たちがトーガ・ムレン回廊にて用いた魔法。
(第二巻: 「ぶんりき文庫」版では第三巻)

 文中に

 彼らの秘術により、本来ならば徐々にゆっくりとこの周囲数ヘクタールの範囲に渡って積もりゆくはずであった雪が、今し方、ある一カ所に集中し、瞬時に降り下っていったところである。

 とあることから、これは別に雪を呼ぶ魔法でも降らせる魔法でもなく、ただ単に「降り方を調整する魔法」でしかないということが推察できる。おそらくは、普通ならばドカ雪の災害が出ぬよう、適当に散らす方向で調整するところを、戦術魔法として逆方向に調整し、降り方を集約せしめたというものであろう。術のタイプとしては、「物質移動」の系統に近いと言えるだろう。(要するに「雪を動かしただけ」なのである)
 リーダー格のアルマダが何となく不機嫌であり、その攻撃に徹底を欠くきらいが見え隠れしていることからも、この魔法が本来の攻撃魔法とは一線を画するものであることが窺える。

「こんなのは邪道じゃ」

 アルマダとしては、そう言いたかったのかも知れない。
 もっとも、もしこのような魔法が実在すれば、雪不足の冬でスキー場経営者たちからの依頼が引きも切らぬ状態となる……かも知れないが。

  

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