その2
「癒し系」魔法

 作品中でも、そこかしこで魔道士たちやドリュテスたちがこの種の「治癒系」魔法を用いたとおぼしき場面が登場しています。
 だが、あまり具体的には描写されていませんし、その個々の呪文名等に関しては、ほぼまったく描かれておりません。
 そこで、ここでそれらの幾つかを順序立てて紹介してみようと思います。
「止血」
「どこが魔法なんだ?」
 という非難の声が聞こえてきそうであるが、れっきとした治療魔法の一つである。
 圧迫包帯とか、身体の一部を縛るとか、はたまた手で押さえておく……といった物理的な手段にはよらず、あくまでも魔法的な力によって行う止血術のことである。
 戦いの最中で、とてもいちいち普通の手当などしては居られない……という状況下で用いるための術であるが、重傷な患者に対して、通常の止血法を補う形で施術されることもある。
 傷口を塞ぐ効果もあり(そうでなければ血は止まらない)、若干の消毒作用もともなうものなので、応急処置としてまことに使い勝手の良い魔法である。
 ヒーラー(治療師)を志す魔道士であれば、まず真っ先に習得していなくてはならない必修項目。

★しくじると、かえって出血がひどくなり、患者を死なせてしまうこともある。
 それを逆用し、攻撃魔法としたものが「出血多量」の魔法である。
 むろん、これは正当派の治療師たちに言わせれば「とんでもない邪法」なのであるが……。

「消毒」・「浄化」
 その規模に応じて呼び名が異なるが、施術の内容は同質である。
 要するに、患部ないしその周辺の部位を魔法的に消毒し、感染症を防止するための魔法である。
 これを全身に施す場合、「浄化」と呼ぶが、これは単に治療のためというばかりではなく、蘇生術の前段階処置として行われることもある。(遺体が腐敗すると蘇生が困難、あるいは不可能になるので)
 余談であるが、この「浄化」を受けた直後の身体は、その内部に至るまでほぼ無菌状態となるので、無事蘇生した後には、ヨーグルトを食べるなどして腸内細菌を補充し、細菌叢(そう)を回復させる必要が生じる。

 局部的な「消毒」は初歩の治癒魔術のひとつであり、魔法の心得のある者ならほぼ誰でも使いこなせる程度の術であるが、これを全身にきっちりかけるとなると、それなりの熟練が必要となる。人員が足りない場合、数人がかりでの施術となることも希ではない。

★この魔法もまた「逆がけ」することができ、それらは「汚穢(おわい)」または「汚辱」と呼ばれる。
 食物を傷ませて憎らしい相手を食中毒にさせる……などという他愛もない目的のものから、果ては屍毒(屍体から採れる猛毒)を素早く採集するという目的のものまで、その悪用法はかなりのものとなる。
 もっとも、不衛生な人物に変装するための方便として、そのようなことをする場合もあるらしい。

「骨接ぎ」
 経験したことのある者ならよく知っていることだが、骨折の治癒には普通かなり時間がかかる。
 それをかなり短期間で終わらせるための魔法である。
 熟練の治療師ならば一瞬で完治させることもできるというが、普通は半日から一日ほどはかかる。レベルの低いかけだしの魔道士ならば、一週間ほども要することがあるらしい。
 いずれにせよ、自然に繋がるのを待つよりは、はるかに短い時間で回復できるのである。

 この魔法の力の大小と、繋ぎ方の上手下手とは無関係であるので、注意が必要なこともある。
 いかに素早くかうと、変なつながり方をしたのでは意味がないというものだ。

 なお、この魔法は通常、患部付近に直接術者が手を接触させて行われる。魔力を当該部位にのみ集中させて、効果を高めるためである。
 これを逆用し、拳法と共に用いれば、かなりのへなへな拳であっても、ただ一撃で相手の骨を自由自在に打ち砕くことができるようになるという。
「骨砕き」
の法と称されるものだが……
 むろん、正統派の拳法家からは邪道とそしりを受けること、疑うべくもない。

「再生」
 怪我の程度がひどく、肉体の一部が失われてしまったような場合、その部分を再生させる術である。
 当然ながら、施術の難易度は、その失われた部位がどこであるかによって、かなり異なってくる。
 いちばん容易なのは、本来、放っておいても再生する器官である場合、すなわち、爪や髪の毛といった部分を再生させる場合である。(なあんだ……というなかれ。生爪をはがしてしまったら、元に戻るのは、普通かなりたいへんなのだ。まして、「はげ」の治療法と来た日には……)
 次いで易しいのが、皮膚や粘膜のような表皮部分の再生。その次が内臓や筋肉組織の部分再生となる。しかし、これが臓器を丸ごと喪失したような場合には、だんだんと難しくなってくる。
 そして、腕や脚といった人体主要部分の全再生ともなると、かなりの高度な熟練の技を必要とする。(へたくそに再生させると、何やら「とんでもないもの」が生えることもあるという)
 なお、失われたものが頭部である場合、それを再生させることは「禁じ手」とされている。(少なくとも、その記憶という面において)別人になってしまう可能性が高いからである。
 逆に、その頭部を主体にして「失われた胴体」を再生させることは、法的には禁じられていないが……これは魔法王国の全盛期においてですら、事実上不可能に近いほど難しかったらしい。

 なお、失われた部分が見つかった場合、それらをただ「つなぐ」だけであれば、さほど難しくもないらしい。
 もっとも、やはり頭部の場合には「蘇生術」との併用となってしまうことだろうが……

 なお、熟練の治療師が数少なくなった現在では、もっぱら「毛髪再生術」のみが高額の報酬と引き替えに行われている模様である。
「体力回復」
 疲労困憊した肉体を回復させる魔法であるが、怪我を治す術とは別であるので、注意が必要。
 傷をふさぐのを忘れて元気だけ回復させると、一気に血が噴き出してしまい、かえって重篤状態にしてしまったりすることもあるのだ。
 また、そうでない場合でも、強くかけすぎて鼻血が出たり、脳の血管が切れてしまったりする事故も起こり得るので、必要もないのに用いたりすべきものではない。
 なにごとも「ほど」が肝要なのである。
「蘇生」
 死者を蘇らせる術のうち、比較的簡単なもの。
 医学的な意味での「蘇生」が可能な状態か、あるいはそれを少々過ごしてしまった程度……の遺体を蘇らせる術である。(要するに、遺体があまり傷んでいない状態で、魂もまだその辺りをウロウロしているような時点で行われるもののことだ)
 
 現代でも、このレベルの蘇生術までならば幾人かの高位魔道士たちが習得しているが、決してその数は多くはないし、そうそう一度に何十人も蘇生させられるものでもない。
 従って、死んでから時が過ぎすぎてしまうと、もはやどうしようもない……というのが現状なのである。
 できるだけそのような状態にならぬよう、前述の「浄化」魔法が存在しているのだ。

「復活」
 より高度な蘇生術で、本当の意味で「死者を呼び戻す」術。
 元の身体を修復して、そこに魂を呼び戻す「反魂」と、まったく別の新しい肉体に生まれ直させる「転生」とがあり、後者の場合、死後数千年後であろうとも(当の本人が同意すれば)復活は可能と言われている。
 いずれの場合も、相当に高度な熟練の魔術と、さまざまな条件がそろっていることとが必要であり、現代ではほとんど廃れてしまっている。

 ジン・アブラクサスこと、真の大魔道ラミアの出現により、この魔法もまた「復活」したらしいが……。

★暗黒魔法の死屍呪術の類は、これらとはまったく系統が異なりますので、また別の機会に……。

  

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